西町神功皇后車について

​※懸魚の上に施された梅鉢紋

 明治6年(1873年)名古屋の御車大工であった久七によって、唯一有松で建造された山車です。

その為、高欄の金具や懸魚、前人形の衣裳等といった至るところに、有松天満社の神紋である「梅鉢紋」が施されています。

■からくり人形■

 からくり人形は3体で、上山部分に神功皇后と竹内宿禰、前人形には両手で御幣を持った神官がいます。

 明治27・28年(1894・1895年)の日清戦争大勝を祝して、名古屋のからくり人形師、土井新七によって造られ、神功皇后が戦に出陣する際に鮎を釣って神意を占った故事に由来しています。

 神官姿の神功皇后は非常に珍しく、親しみやすい表情も魅力のひとつです。

また、御幣を持った神官も、御幣を左右に振ったり、目と口を開けたり閉じたり、舌を出すといったユニークなからくりを披露します。

※神功皇后人形が乗る以前は、関羽人形と2体の唐子人形が乗っていました(現在、関羽人形の頭部の一部と唐子人形の骨組みは有松山車会館に展示されています)。

■一枚続きの水引幕■

 有松の3輌ある山車のうち、西町神功皇后車の水引幕のみ一続きの水引幕で、白羅紗地に牡丹・杜若・水仙・芙蓉等の花が刺繍されています。

 水引幕の後面部分には黒字で「小華筆」とあり、これらの刺繍の下絵は渡辺小華ものである事がわかります。

■衣裳■

山車の担ぎ手である「楫方」やお囃子やからくり人形を担当する「山車方」の衣裳には地元の伝統工芸「有松絞り」が使われており、山車方の衣裳には山車の彫刻にもある「波模様」と「龍」の柄が施されています(2018年10月新調)。

​■建造・大きさについて■

建造年:明治6年(1873年)

高さ:5.6m / 縦:5.9m(楫棒含む) / 横:2.8m

​※西町神功皇后車と有松の古い町並み
​※水引幕(下絵は渡辺小華によるもの)
※3体のからくり人形
​※提灯がともされた西町神功皇后車
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