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有松山車まつり奉賛金のお願い

  • 執筆者の写真: 有松天満社 花暦
    有松天満社 花暦
  • 9 時間前
  • 読了時間: 2分

 有松が誇る山車まつり文化を未来へ残すため、皆々さまからの厚いご支援をお願い申し上げます。

  

 「有松山車まつり奉賛金」は、秋季大祭当日の有松山車会館にて賜ります。

 皆々さまより承りました奉賛金は、山車まつりの運営や山車の維持保存などに活用させていただきます。



 また、「有松山車まつり奉賛金」は、お振り込みでも受け付けさせていただいております。




ゆうちょ銀行からのお振り込みの場合

記号:12140

番号:33109711

宛先:アリマツテンマンシャブンレイコウ




他銀行からゆうちょ銀くへお振り込みの場合

店名:二一八(読み:ニイチハチ)

店番:218

種目:普通預金

番号:3310971

宛先:アリマツテンマンシャブンレイコウ





有松天満社秋季大祭(有松山車まつり)について


 毎年10月第1日曜日におこなわれる有松天満社の祭礼です。


 江戸時代後期の尾張藩士であった高力猿候庵種信の『尾張年中行事絵抄』の「有松天神祭」には当時の祭礼の様子が記されています。

 当時は背の高い梵天を先頭に太鼓を乗せた音頭台などの行列が天満社の宮の坂を登っていた祭礼でした。


 現在の山車まつりの形式になったのは明治時代以降で、絞り商の多大なる貢献のもと、有松の祭礼は発展していきました。


 名古屋市指定の文化財である布袋車唐子車神功皇后車の3輌が有松東海道を曳行し、日中では勇壮な姿を魅せ、夜祭では蝋燭灯りが揺れる提灯山車が日本遺産の町 有松をいろどります。




おもな沿革

慶長13年(1608年)  有松村、開村

寛政年間(1789年頃)祗園寺4世卍瑞により天満社が現鎮座地へ遷座

明治6年(1873年)  西町山車(のちの神功皇后車)、建造

明治8年(1875年)  中町の中老が内海の東端村より唐子車を購入

明治24年(1891年) 橋東町(現・東町)の中老が袋町の道具屋より布袋車を購入

昭和48年(1973年)  布袋車・唐子車・神功皇后車が名古屋市指定の有形民俗文化財に指定

平成26年(2014年  有松天満社秋季大祭が名古屋市の無形民俗文化財に指定

令和元年(2019年) 町並みや絞りとともに、日本遺産有松の重要な構成要素へ



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